教育現場ですすむ「1人1台端末」の活用、子どもの人生の幅を広げるために必要な学びとは

2023.08.30

今と未来のインターネット

インタビューにご協力いただいた方

山梨大学教育学部准教授、 文部科学省 学校DX戦略アドバイザー

三井 一希

ABOUT

INTRODUCTION

仕事から日常生活まで、あらゆるシーンで欠かせない存在となっているインターネット。
インタビューシリーズ「今と未来のインターネット」では、インターネットにさまざまな形で関わる企業や自治体、学校関係等に話を聞き、活動や思いを通して、読者に多様な視点や新たな知見をお届けします。

今回お話を伺ったのは、文部科学省 学校DX戦略アドバイザーとして、ICT機器を使った授業づくりや学校DXの取り組み方について学校や自治体を支援する、山梨大学教育学部准教授・三井一希先生。鉛筆で文字を書く時間は残すべきか、チャット機能は使うべきか、クラウドツールを導入するには、どのようなセキュリティが必要なのか…日々寄せられる具体的な相談事に、豊富な経験に基づきアドバイスをしています。

新しい学び方を身に付け、子どもたちの人生の幅を広げたい━━そう話す三井准教授に、「1人1台端末」が教育にもたらした変化、未来に向けて今の子どもたちに必要な学びなどについて、お話を伺いました。(本文中:敬称略)

川上城三郎(株式会社Cadenza代表取締役社長、聞き手)

三井一希准教授
三井一希准教授(本人提供)

学校DX戦略アドバイザーとして、「1人1台端末」の活用を支援

川上

学校DX戦略アドバイザーとは、一体どのような役割なのでしょうか?

三井

現在、小中学校の子どもたちに1人1台の端末を配布し、ICT教育を進める「GIGAスクール構想」という国の事業が全国で実施されています。学校DX戦略アドバイザーは、学校のDX化やGIGAスクール構想に取り組む全国の自治体や学校を支援する存在です。

例えば、端末を取り入れている具体例を示し、教員の皆さんに授業の作り方を紹介したり、学校現場に端末を導入する際に策定するセキュリティポリシーについて、どうやって策定すればよいか内容や進め方の相談に乗ったりしています。また、個別の学校だけではなく、1人1台端末に関する教員研修を作る際に、自治体の担当者に研修の中身をアドバイスすることもあります。

三井准教授が訪問した小学校
画像:三井准教授が研修講師として訪問した小学校。学校DX戦略アドバイザーとして全国を訪れている。(本人Xより引用)

最近はオンラインも発達してきたので、オンラインで助言をしたり研修したりすることもありますが、可能な限り直接現場に行って実際の授業を見て、子どもや先生方の様子を見ながらアドバイスするようにしています。

川上

先生ご自身も、元々小学校の教員をなさっていたんですね。

三井

はい。山梨県内の公立の小学校や、台湾の日本人学校など、いくつかの学校で教員をしていました。学校現場の様子や授業を作る大変さはわかるところがあるので、小学校で教えていたときの経験を振り返りながら今の活動に活かすこともありますね。

川上

1人1台端末を活用した授業というのは、あまりイメージがわかない方もいると思うのですが、例えばどのように子どもたちは授業で端末を使っているのでしょうか?

三井

いろいろな教科で使われているのですが、例えば体育の跳び箱の授業をイメージしてください。今までは飛び方のお手本を見る場合、上手な子に飛んでもらい、回りはそれを見て目に焼き付けて自分でも真似してやってみる、というやり方が一般的でした。

1人1台端末を使った授業だと、例えばお手本として飛んだ子の試技を撮影して繰り返し見たり、手を着く場所や足の角度など見たいところを拡大したり、それから踏切や着地などのタイミングで止めたりすることも可能です。ほかにも、インターネット上には上手な跳び箱の飛び方を撮影した動画やポイントを説明した記事などがたくさんあるので、子どもたちが知りたい情報を自分で取りにいくこともできます。

また、クラスの子どもは、一人一人跳び箱の技量も異なっているため、個人によってそのとき必要な情報もそれぞれ違ってきますよね。端末を活用することで、これまでのような全員が画一的にやっていた勉強ではなく、1人1人にあったレベルで、そして子どもたちが自分にとって必要な情報を考えながら、それぞれが裁量を持って学べるようになるんです。

川上

なるほど。機器をうまく使えるようになるだけではなく、子ども自身が考えたり、自分に合った活用の仕方を見つけたり、教育そのものに幅が出て新たな学びが生まれているんですね。

三井

そうですね。端末を使えるようになる、回線の環境整備をする、それがゴールではありません。子どもたちが端末を使いこなせるようになった先にある姿というのが大切です。

小学校でも中学校でも、重要なのは「自らの学びを調整する力」ではないでしょうか。自分のレベルや習熟度に合わせて、自ら必要な情報を取りに行き、自分で考えて学んでいく…子どものうちからそうした力を獲得しておけば、近くに先生がいなくても、それこそ社会に出てからも、必要なときには自分でインターネットにアクセスし、必要な情報を収集して知識をアップデートし、自ら学ぶことができるようになるはずです。

「鉛筆で書く」「紙で読む」能力は残すべきか……変化に伴う教育現場の迷い、学校ごとの格差なども

川上

一方で、学校DX戦略アドバイザーとして活動する中で、課題と感じることはありますか?

三井

課題の一つは、教員の意識やスキルの差ですね。まだまだICTにアレルギーや抵抗がある教員もいます。教員の得意・不得意で端末の活用が左右されて、子どもの経験の差につながってしまう、学びの幅が狭まってしまうというのは悲しいことだと思います。せっかく1人1台配布されていても、教員が「そういうのは好きじゃない」とか、「ICT機器を使って授業をやったことない」と考えてしまうと、子どもたちが本来学べることが学べなくなってしまいます。結局、子どもにマイナスが降りかかってしまうんです。

GIGAスクール構想は2021年度から本格的にスタートし今3年目なのですが、教員ごとの温度差や格差はまだまだ課題ですね。少しでもそうした課題が解消し、どの教員が担任になっても、子どもたちが等しく学びが行えるのがやはり望ましい姿ではないかなと思います。

川上

確かに、教える側の意識改革は重要ですね。教員による意識の違いだけではなく、学校や自治体単位での差というのもあるのでしょうか。

三井

これも非常に大きいですね。例えば、インターネット回線が整備されていても、自治体や地域によって速度などに大きな差があり、全校で一斉に繋ぐと動かなってしまうところもまだまだあります。

それから、自治体ごとにセキュリティポリシーもかなり違いがあり、厳しいところは、あらゆるものにブロックがかかります。例えば私もよく研修で資料をお送りするんですが、Googleドライブにアップしてそこから共有リンクを取って送ると、同じ組織内のアカウントじゃないと遮断されてしまうので、見られませんと言われることが結構あります。

また、そうした環境面の差だけではなく、先ほどお伝えしたような教員個人の差が学校単位の差につながってしまうケースもあります。デジタルが苦手な教員が集まってしまった学校や、困ったときに頼れる教員がいない学校の場合、うまくいかない、前に進めないとなってしまうことも多いですね。

川上

アドバイザーとして活動している上で、よく寄せられる質問や、今教育現場の皆さんが悩んでいるなと感じることはありますか?

三井

GIGAスクール構想が始まったころは、端末やアプリケーションをどうやって使うのかという質問が多かったのですが、皆さん少しずつ慣れてきて、そうした使い方に関する問い合わせは少なくなってきたかなと思います。

一方で、最近よく聞かれるのは、新しい授業を取り入れることで、これまで学校現場で大事に教えてきたものをどうしていくべきか、という質問です。

例えば、これまで子どもたちは先生が黒板に書いたことをノートに鉛筆で書き写していましたが、デジタルに変わってGoogleクラスルームを使って情報共有すると、そうした必要がなくなります。自分の手でノートに書く、整理してノートを作るという機会が減っていくんです。

社会に出ていく上でタイピングが大事なのは確かにわかるけど、紙で書くことも大事ではないか。デジタル教科書ばかり使っていて、紙で読み情報を頭に入れる力が落ちるのではないか……そうした相談が最近は良く寄せられるようになりました。

デジタルツールが入ったことで、今まで当たり前に行ってきたことが何か失われてしまうのではないか、そうした漠然とした怖さがあるのではと思います。

川上

難しい問題ですね。三井先生ご自身は、どのように考えていますか?

三井

アナログかデジタルかが、直接学力の差に大きく影響するということはないと思っています。最終的には、子どもたちが成長する中で、自分の特性を踏まえつつ目的や利用場面に応じてアナログかデジタルかを自分で選べるようになることが必要かなと思います。

大人でも、しっかり頭に入れたいときは紙で手にとって読みたいとか、ビジネスシーンでも基本はデジタルだけれどもブレストで図を書きながらアイディアを出しあうときはホワイトボートに手で書くとか、その人の好みや状況に応じて使い分けていますよね。

黒板というものも多分なくならないと思いますが、その役割や利用頻度がちょっとずつ変わってくるのではないでしょうか。今までは常に必要事項を黒板に書きこんで、子どもたちがノートに書き写していましたが、時にはその必要がなくなってきます。子どもの発言を書き留めてみんなに共有するためだったら、発言者が直接共有できる場に打ち込めば良いことですし、ノートに書き写さなくても、クラウド上でいつでもその内容を見直すことができます。効率や保存、共有という目的を考えていくと、今まで10だったものが5、6と、だんだん黒板を使う比率が減ってきて、デジタルが増えてくるのだと思います。

川上

アナログとデジタル両方の特性を活かして、自分で考えながら場面に合わせた活用が必要になってくるんですね。

三井

そうですね。一方で、世の中のテストの仕組みは、少しずつアナログからデジタルに変わってきています。例えば司法試験は、2026年からCBT(コンピューター・ベースド・テスティング)に変更されることが発表されています。全国学力調査も、CBTが導入される予定です。それを考えると、端末を使った学習に不慣れなために紙でしか問題が解けない、頭の中に情報が入ってこないとなってしまうと、可能性が狭まってしまいます。

アナログの良さを残しつつも、デジタルの能力を身に付けていくことは必須だと考えています。

欠かせない保護者の理解、「いきなり路上運転」にならないために必要な経験とは

川上

保護者からの理解、という点ではどうでしょうか。1人1台端末をすすめる上で、課題などはありますか?

三井

学校で1人1台端末を使って子どもたちが何をしているのか、まだよくわかってないというのが実情ですね。学校で一輪車に乗っているとか、なわ跳びをやっているというのは保護者も自分たちがやってきたことなので想像できますが、1人1台端末で授業をやってると言われても、イメージがわきづらいというのは仕方がないと思います。

だからこそ、学校は積極的に情報発信する必要があります。授業参観のような機会をうまく使って、1人1台端末を用いた学びにどのような価値があるのか、どのような学習効果が生まれているのかを保護者の方たちに見ていただくことが大事ですね。

併せて今、文部科学省が、端末の持ち帰りを推進しています。家庭でも端末を使って宿題をするなど、日頃から慣れておくことで、コロナ禍のような非常時にも、家庭で学ぶことができるからです。

そうした場合に、保護者が端末を使うことにネガティブだと、なかなか活用が進まなくなってしまいます。ご自宅でのルールを決めた上で、特にまだまだ自制ができない、自分をコントロールできない小さい年齢のうちは、1日1時間までとか、使うときは親がいる時にリビングでとか、細かな約束をして、その中で慣れさせていくのが良いのではないかと思います。

当然、子どもですのでルールを破ったりもっと使いたいと主張したりすることもあるでしょう。その都度ご家庭で話し合って、子どもの成長に応じてルールを一緒に見直していくことが大切ですね。

川上

昨今、子どものSNSに関係するトラブルなどをよく目にするようになりました。スマホやタブレットを持たせる際、利用範囲をどこまで認めるべきか、迷うご家庭も多いかと思いますが、その点について先生はどのようにお考えですか。

三井

確かに、ニュースなどで大きな話題になった事件もあり、心配になりますよね。学校や自治体でも、チャット機能を制限しているところはまだまだたくさんあります。

しかし、例えばよく学校で使われているGoogle ClassroomやMicrosoft Teamsは、ある意味クローズドな環境で、世界中とつながるX(旧Twitter)などのSNSとは異なります。外から不特定多数の人が入ってこない環境で、どういう書き込みが不適切なのか、どうすれば人を傷つけてしまうのかを経験しておく良い機会になるのではないでしょうか。

もしそこで良くない発信をしてしまったとしても、そこで失敗をしておくことでたくさんのことを学べるはずです。今回はこの中だからいいけれど、これがもし世界中からアクセスできる場所だったらどうなるか…そうやって、子どもたちがSNSなどを利用する際に必要な心構えを身に付ける、良い機会なんです。

そうした経験を経ずに、完全にオープンなSNSをいきなり使うのは、教習所を経ずに路上に出て自動車を運転するようなもので、逆に危ないと思います。

道具ならなんでもそうですが、インターネットや1人1台端末は、便利な一方で、使い方によっては当然危険性もあります。しかし、全くそれらを使わずに社会に出て生活し、社会で活躍することは、ほとんど不可能だといってよいでしょう。危険性を理解した上で正しい使い方を身に付けられるようにしないとなりません。中学生くらいになったら、実際のバイトテロの動画を見せたり、誹謗中傷によって大人が逮捕された記事を読ませたりして、何がいけないのか、どういうことを注意するべきなのか、学校や家庭で話あうのもいいのではないかと思います。

学びの幅、職業選択の幅を広げ、子どもの人生に可能性を

川上

子どもだけではなく先生方にとって、学校DXはどのようなプラスの効果が考えられるでしょうか。

三井

一つ大きな影響があるのは、教員の働き方改革ですね。今、教員の多忙化が叫ばれています。激務と言われている教員の仕事が少しでも楽になるためには、デジタルの活用は必須ないのではないでしょうか。

例えばこれまでだったらWordなどで作ったものをわざわざ印刷してアナログに戻して、それを配布していました。デジタルを使って共有することでその印刷や配付の手間をなくすことができます。そうしたちょっとした積み重ねが、労働時間の大きな違いになると思っています。

実際に、Google フォームやAIドリルを使ってテストや宿題を行って採点業務を効率化したり、クラウドツールを使って情報共有し、職員会議の時間を短縮したり、ちょっとずつ学校によっては活用が進んでいます。

一方で、先ほどお伝えしたようにセキュリティポリシーが厳しいところもあり、クラウドに情報をアップできないためにそこまでなかなか進めない、といういったところがあるのも実情です。たまに、教員が個人情報の入ったUSB紛失、なんてニュースが流れますが、民間企業からしたらちょっと古すぎないかと感じるかもしれません。

実際に使っている側からすると、クラウドツールの方がよほど安全だと感じると思うのですが、現場の一部では、どのようなセキュリティ対策があるのかを知識として持っていなかったり、インターネットは怖いものだ、という意識がまだまだ根強く残っていたりします。

私たち学校DX戦略アドバイザーとしても、そうした教育現場に足を運び、業務効率化の面でもお手伝いをすすめています。

川上

改めて、学校DX、GIGAスクール構想で期待できる価値とは、どういうものだとお考えでしょうか。

三井

教育現場にインターネットと1人1台端末が入ったことで、子どもたちの学び方は、ものすごく幅が広がったと思います。今までできなかったことがたくさんできるようになりましたし、先生から教わるしか知る手段がなかったことでも、情報を取りに行き、自ら学ぶことに繋がっています。

こうした学び方を子どものうちから経験しておくことは、結局、その子の進路や職業選択の道を広げる、その子の人生の可能性を広げることに繋がるはずです。

私は、働きながら県外の大学院に行って博士号を取ったのですが、なぜそれができたかというと、まさにこのインターネットの恩恵以外の何ものでもないんです。インターネットがあったからこそいろいろな論文にアクセスしたり、遠く離れた先生と話ができたりして、仕事をしながら学ぶことができました。自分自身がインターネットを介した学びで可能性を広げ、職業選択の幅を広げることができたと実感しています。

川上

素敵なお話ですね。最後に、三井先生にとってインターネットとは、一言でお願いできますか。

三井

「誰にでも平等なメディア」です。インターネットがあることで発信も受信もできますし、膨大な情報にアクセスすることで、それこそ学びの幅、職業選択の幅を広げることも可能です。学びたいという思いがあり、そこにインターネットがあれば、誰でも自分の可能性を広げることができるんです。誰にでも人生の道を開いてくれる、とても平等なメディアというのが、私にとってのインターネットですね。

インタビュー年月日

2023.08.18

Interview
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