ICTを用いた指導でバドミントン強豪校に「インターネットは可能性」と語る研究者の挑戦

2023.08.28

今と未来のインターネット

インタビューにご協力いただいた方

西日本工業大学工学部総合システム工学科電気情報工学系准教授、 日本バドミントン学会理事、福岡県学生バドミントン連盟会長 ほか

井上 翼

ABOUT

  • 西日本工業大学HP:

    https://www3.nishitech.ac.jp/
  • 趣味:旅行、ファッション、ゴルフ、マリンスポーツ
  • 好きな言葉:本気の失敗には価値がある(漫画「宇宙兄弟」より)

INTRODUCTION

仕事から日常生活まで、あらゆるシーンで欠かせない存在となっているインターネット。
インタビューシリーズ「今と未来のインターネット」では、インターネットにさまざまな形で関わる企業や自治体、学校関係等に話を聞き、活動や思いを通して、読者に多様な視点や新たな知見をお届けします。

今回お話を伺ったのは、西日本工業大学でバドミントン部の監督・顧問を務める、井上翼准教授です。「研究をせずにバドミントンばかりしている」と叱られ続けた学生時代を経て、「バドミントンを研究に取り入れたらテンションがあがるのでは」という同僚の一言をきっかけに、ICT×バドミントンを研究テーマに。ICTを活用することで、研究を兼ねて部活動を強化し、全国大会に出場する強豪校に育て上げています。

漫画からヒントを得たトレーニングを取り入れ、バドミントンでは禁止されているICT機器を持ち込める大会を自ら企画するなど、次々と新しいことにチャレンジし続ける井上准教授。その取り組み内容と、今後の展望について、お話を伺いました。(本文中:敬称略)

川上城三郎(株式会社Cadenza代表取締役社長、聞き手)

井上准教授
井上翼准教授(本人提供)

バドミントン漬けの学生時代、×ICTで准教授としての研究にも

川上

学生時代から、選手としてバドミントンに打ち込んできたとお伺いしました。

井上

バドミントンを始めたのは、中学2年生の頃です。中学校を卒業後は5年制の高専に進学し、さらにその先の専攻科、そして大学院までずっと現役選手としてやっていました。今も、現役時代ほど練習できていませんが、教職員の大会に出るなどしています。

高専では団体で全国大会準優勝、大学院でもダブルスで優勝し、学生時代はバドミントン漬けの毎日でした。

川上

理系だと勉強や研究も大変だと思うのですが、どのように両立していたのでしょうか?

井上

両立はできていなかったかもしれません。「バドミントンをしに学校に来ているのか」と叱られながらも、なんとか続けてきた、という感じです。

高専の時は、バドミントン部の顧問が音声信号処理の研究担当だったので、顧問だったら研究がすすんでいないのに部活に行くと言っても大目に見てくれるかなと思い、音声信号処理の研究を選びました。今考えると甘い考えですね(笑)。大学院のときも、博士号を取りたかったらバドミントンを辞めるべきだと教授から言われ、反発する気持ちもあり、バドミントンで結果を残した上で博士号も取りました。

博士課程を修了した後は、3年間医療系の専門学校で教員をし、その後、西日本工業大学に来て、現在に至ります。今は、自分自身も教職員の大会に出つつ、大学のバドミントン部で監督をしています。

川上

どのようなことがきっかけで、バドミントンと本業の研究を結びつけようと思ったのでしょうか?

井上

同僚に言われた、ある一言がきっかけです。

大学の教員になって、音の研究を引き続きやっていたのですが、その分野の研究成果はだいぶ出尽くされた感もあり、当時行き詰っていたんです。

ちょうどその頃、大学から新しい助成金を取るために何か情報関連で研究をしてほしいという話があり、あわせて国からいただく研究費である科研費を取るために研究テーマを考えていました。自分の得意分野であるICT関連で何かやりたいと考えていたのですが、そのときに同僚から、「バドミントンで研究したら、先生のテンションがめちゃくちゃ上がるんじゃないですか」と言われたんです。

なるほどと思い、結局、ICTを絡めたバドミントンのゲーム分析という形で科研費に採択されました。監督を務めるバドミントン部の強化が、そのまま研究成果につながるわけです。思う存分バドミントンに打ち込めるようになり、そこから本格的に今のバドミントン×ICTの研究が始まりました。

VRでフォーム練習、ウェアラブルデバイスで視野探索…
「これまでそうだったから」ではない指導を

川上

具体的に、バドミントンにICTを活用している事例を教えてください。

井上

いろいろな取り組みがあるのですが、一つはヘッドマウントディスプレイを使ったイメージトレーニングです。

バドミントンに限らず、いろいろなスポーツで、上手な選手のフォームを見て研究したり真似したりすることは多いと思います。しかし、例えばパソコンのモニターで動画を見る場合、視界の中には当然ですが見たいもの以外のものがたくさん映りこんでいますし、音も周囲の雑音がまざって聞こえてきます。それだとうまく集中できないのでは、と考えたのがきっかけです。ヘッドマウントディスプレイを使ってVRの世界に没頭すれば、選手の集中力が高まり、吸収がより早まるのではないか……そんなアイディアから、このトレーニングを導入しました。

川上

選手は、ヘッドマウントディスプレイでどのような映像を見ているのですか?

井上

例えば日本代表や世界のトップ選手がジャンピングスマッシュをしている映像や、試合の映像を見ています。実際にヘッドマウントディスプレイを使ってやってみたところ、「めちゃくちゃいい、絶対にこっちの方が集中できる!」と選手からは好評でした。

選手からのそうした声を客観的に証明するために、脳波計を使って、ヘッドマウントディスプレイを使っているときの選手の脳波を測定したところ、こちらの方が集中できていることが、脳波からも明らかになりました。

川上

感覚的な意見でよしとせず、機器を使って証明したんですね。

井上

そうですね。スポーツの世界は、経験者が感覚で指導したり、「監督や先輩がそう言っているから」とか「これまでそうだったから」と理由がわからないものが通ったりすることが多々あります。そうではなく、客観的なデータに基づいて練習を重ねることで、選手も納得できますし、成長をより早めることができるのではないかと考えています。

川上

他には、どのような取り組みがありますか?

井上

例えば、「視野探索」というものも練習に取り入れています。ウェアラブルデバイスとして計測用のグラスを選手にかけてもらい、レシーブするときに相手のどこを見ているかを調べたんです。

とある野球漫画の中で、メジャーリーガーを対象に同じことを調べた研究例を紹介していたのですが、それからヒントを得てバドミントンでもやってみようと思ったのがきっかけです。

メジャーリーグのバッターはバッティングをするとき、球をしっかりと見るのではなく、ピッチャーの肘を中心に周りをぼやっと見ているんです。いわゆる「周辺視」というものです。

周りをぼやっと見ていると、その視野の中で球が早く動いても捉えることが可能になります。ところが、周辺視に対して、一点を集中して見る「中心視」は、ピンポイントで認識することはできるものの、その物体が速く動いてしまうと捉えることができず、速い変化についていけないんです。

レシーブ中の視野
レシーブする際の選手の視野(井上翼准教授提供)

川上

よく、球技では「球をしっかり見ろ」と指導されますが、速い動きの場合は反応できなくなってしまうんですね。

井上

そうなんです。野球でピッチャーが投げる球は、初速と終速がほぼ同じです。150キロクラスの球がバーンと来るので、人間が目で追えるわけがないんです。バドミントンの場合、シャトルの初速がギネス記録で565キロ、手元に来るときは60キロくらいまで減速していますが、それでもシャトルを目で追うと、レシーブできません。バドミントンでも、初心者はシャトルだけを集中して見ていて、トップ選手はレシーブするときにシャトルをしっかりと見るのではなく、肘のあたりをぼやっと見ていることがわかりました。バレーボールでも実験してみたのですが、同じ結果でしたね。

現在は、この結果をさらに応用して、周辺視を鍛えるトレーニングを取り入れています。光ったところをタッチしていく装置で、これもやはりやってみると、未経験者とそうではない選手では結果に差が出るんです。周辺視を鍛えることで、やみくもにスマッシュを受けるのとは違った観点からパフォーマンスを上げることができるかなと思っています。

川上

まさに、ICTを活用したパフォーマンスの向上ですね。

井上

その観点でいくと、速度センサーを使ったフォームの改善にも取り組んでいます。肩、肘、手首に小さな速度センサーを選手に付けて、スマッシュを打ってもらうんです。そして、それぞれの場所の加速度を計測し、その選手のスイングが良いか悪いか、改善するとしたらどこかを分析しています。

加速度のグラフ
選手の肩、肘、手首の加速度を計測したグラフ(井上翼准教授提供)

理想的なスマッシュの場合は、時系列で見た場合、加速度の最高点が、肩、肘、手首の順番にやって来ます。エネルギーが伝達されて、腕のしなりがしっかり使えている証拠です。しかし、実際に計測すると、そうしたきれいなグラフにならない選手もいます。

例えば肩、肘、手首の加速度をあらわすグラフの山が同じ場所に来ているケース。これは、腕が棒のようになってしまって、うまくしなりを使えていないことを意味します。他にも例えば、肩だけ加速を表す山が低い場合は腕だけで打っているなど、実際の計測データからフォームの改善点を探ることが可能です。

そのほかにも、配球をヒートマップで表したゲーム分析や、スクレイピング(ウェブサイトから情報を抽出するコンピュータソフトウェア技術)を用いた選手ごとの実績分析など、いろいろとICTをバドミントンに活用しています。

大学バドミントン部として、日本最多のスポンサーを獲得

川上

いろいろな取り組みをする中で、周囲の反応や、変化など感じることはありますか。

井上

バドミントン×ICTというテーマを打ち出してから、大学内だけではなく外部の方も注目してくれるようになりました。中でも企業が反応してくれて、部活動としてのスポンサー獲得にも繋がりました。

最近は、サッカーやバスケなどは、大学の部活動でもスポンサーをつけているところが増えているのですが、バドミントンに関して言えば、まだ数は少ないと思います。バドミントンではうちが初のスポンサー獲得だと思っていたら、直前に他の大学に先を越されてしまったので、こうなったら数で勝負だと思い、現在6社まで増やすことができました。大学のバドミントン部としてのスポンサー獲得数としては日本一です(笑)。

※スポンサー企業:白月工業株式会社、株式会社ソフトウェアサービス、株式会社明幸フォーラム、日本ルクソールシステム株式会社、株式会社ユーエスエス、名村情報システム株式会社

川上

ICTと掛け合わせた取り組みが、外部からも注目されるようになってきたんですね。

井上

それから、選手のパフォーマンス向上とは目的が異なるのですが、ICT活用の一環として、バドミントンの試合の動画配信も行っています。これに関しても、周囲からの反応がとても大きいですね。

福岡県のスポーツ推進基金という公益財団法人があるのですが、そこが動画配信に対して助成金を出すというのを知り、大学の部として申請したんです。現在は学生と協力して、うちの部の試合に限らず、主に九州で行われている小学校から大学までの大会を撮影し、配信しています。せっかくなので、エンターテインメント性をもたせようと思い、実況をつけたり、テロップやスコアをつけたりして、見やすいように工夫をしています。

試合会場に行くと、「助かってます」という声を本当にたくさんいただくようになりました。それから、場所によっては通信環境が悪く、配信がスムーズにいかないこともあるのですが、そういうときも「しっかりしろ!」という反応が、即座に多数寄せられます(笑)。

ICTが、選手のパフォーマンス向上以外にも寄与
元トップアスリート以外にも指導者としての道を開く

バドミントン中の井上准教授
バドミントンをする井上准教授(本人提供)

川上

バドミントンに限らず、スポーツの世界にICTを取り入れるメリットやもたらす効果としては、どのようなものがあると感じているでしょうか?

井上

パフォーマンスを向上させるために何をするか、どこを改善するかと考える際に、主観ではなく客観的なデータに基づいて判断できるのが一番大きいメリットだと思っています。

自分のやってきたバドミントンの場合でも、「今までそうやってきたから」で考えが止まってしまうことがよくあります。指導者の側も、なんですかと質問されたときに明確な回答が用意できないんです。データに基づいてやった方が合理的な判断ができますし、スポーツに陥りがちな根性論も排除できます。また、なぜそうした方がいいかを説明する際も、データを用いることで説得力が増し、選手も納得できると思います。

川上

確かに、データに基づいて強化策を練ることができるのは、選手にとって心強いですね。

井上

ICTを活用することで、指導者の可能性も広げることが可能です。バドミントンを例に挙げると、全国レベルトップクラスの大学では、元オリンピック選手とか日本でトップを取った選手とか、そういう人たちが監督になって指導しています。それと比較すると、僕の実績である高専で準優勝とか院生大会で優勝というのは、残念ながらインターハイやインカレといったグレードよりは低く、競技実績でいったら全くかないません。

そんな僕でも、競技者としての経験で劣っている部分をICTでカバーして、選手の成長を加速することができると思っています。うちの部が全国大会に出場し強豪校と肩を並べて戦うことができるようになったきっかけに、ICTも一役買っているといえますね。

「理系の体育会は最強だ」をキャッチフレーズに新大会も
ICT研究の経験を活かし活躍の幅を広げる

川上

今後やってみたい研究テーマや、力を入れていきたい分野、バトミントンやスポーツの世界で解決したい課題はありますか。

井上

一つは、ICTをOKとする大会を作りたいですね。バドミントンは、海外含めて公式戦でコートサイドにICT機器の持ち込みが出来ないんです。例えばバレーボールでは、監督がタブレットを片手に、リアルタイムで入ってくる情報をもとに戦略を組み立てて選手に指示する光景が見られますが、バドミントンでは不可能です。

コロナ禍で大会の中止が相次いだこともあり、一度試験的にICT機器の持ち込み可能な大会を主催したことがあったのですが、次はさらに進化させて、理系の大学のみの、ICTが活用できる大会を作りたいなと思っています。ついでにその大会で、各チームにうちで開発したゲーム分析アプリを使ってもらい、戦術構築に役立てて欲しいなと。あわよくばそのデータを研究データとして使いたいな…と企んでいます。

川上

理系に絞るメリットは何があるのでしょうか?

井上

理系の学生は研究が忙しいため、どうしても文系の学生に比べて部活動に費やせる時間が短くなりがちです。文系の学生との練習量の違いから、レベルの差も生じやすく、なかなか全ての大学での大会では結果を残せません。そもそも大学によっては、試験や研究課題のスケジュールが厳しくて、出場できる大会自体が少ないという部もあるんです。

理系のみの大会を作ることで、これならいけるかも、と選手のモチベーション向上につながるのではないかと思っています。

川上

確かに、トップを目指せる大会があるというのは、やる気につながりますね。

井上

もう一つ期待できるメリットとして、理系の学生のみという枠組みにすることで、企業の注目を集めやすいのでは、と考えています。というのも、新卒の人材を採用する上で、理系出身と体育会系の部活動経験という二つは、企業からかなり人気の高い要素だからです。

大会のキャッチコピーは「理系の体育会系は最強だ」。日程のうち1日は就活の時間にして、大会に出場した選手と大会をスポンサードしてくれた企業の就職相談ができる時間にできないかと考えています。

教育系の学生に絞った全国大会があり、そこからヒントを得たのですが、まずは西日本くらいの規模でできないか、企画中です。

川上

引き続き、バドミントン漬けの毎日ですね。

井上

バドミントンに限らず、少しずつ携わる競技の幅も広がっています。今度、エアバドミントンという新しい種目の普及のメンバーにも選んでいただきました。

風に負けないシャトルを使って、屋外でやるバドミントンで、いわば、ビーチバレーのバドミントン版ですね。海外ではものすごい盛んで、アジア大会なども開催されています。日本でも普及させようということで活動が始まり、僕は九州の普及メンバーになりました。

もう一つ、冬のオリンピック種目にもなっているバイアスロンで、雪のない九州・沖縄でのバイアスロンの普及のためのメンバーにもなり、11月に本校でイベントを実施することになりました。

僕に期待されているのは、ICTの活用という面だと思うので、今までバドミントンで培ってきた経験を少しでも活かせればと思っています。

川上

ICTをフックに、活動の幅が広がっているんですね。最後に、井上先生にとってインターネットとは、一言で言うと何になるでしょうか?

井上

可能性ですね。

普段の授業で学生たちにも伝えているんですが、インターネットは自分がやりたいことを全部実現できる可能性を秘めています。

どんな挑戦でも、出来ない理由を挙げようと思えばいくらでも出てきます。でもそればかりを考え、やる前からやらない理由ばかりを探して自分の可能性を狭めてしまうのは、本当にもったいない。僕自身、大好きなバドミントンをあきらめずに研究に活かし、だんだんと注目もしていただけるようになりました。特に学生たちには、やりたいことがあれば恐れずに、どんどんチャレンジしてほしいですね。

インタビュー年月日

2023.08.10

Interview
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