自ら課題を設定し、解決に向けて動ける人材をーープログラミング指導で見えた、新しい教育に必要な価値観とは

2023.10.12

今と未来のインターネット

インタビューにご協力いただいた方

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院助教

栗山直子

ABOUT

  • 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院 HP:

    https://educ.titech.ac.jp/ila/
  • 趣味:カフェめぐり
  • 好きな言葉:If you can dream it, you can do it.(ウォルト・ディズニーの言葉)

INTRODUCTION

仕事から日常生活まで、あらゆるシーンで欠かせない存在となっているインターネット。
インタビューシリーズ「今と未来のインターネット」では、インターネットにさまざまな形で関わる企業や自治体、学校関係等に話を聞き、活動や思いを通して、読者に多様な視点や新たな知見をお届けします。

今回お話を伺ったのは、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院・助教の栗山直子氏。子どもの思考に関する研究に携わり、大学のワークショップや自治体の出前授業などで子どもを対象にしたプログラミングの指導をしています。

実際に子どもたちと触れ合う中で感じたプログラミング教育に必要なこと、将来に向けた人材育成のために求められる考え方などについて、お話しいただきました。
(本文中:敬称略)

川上城三郎(株式会社Cadenza代表取締役社長、聞き手)

栗山直子先生

川上

現在の先生の研究テーマについて教えてください。

栗山直子氏(以下敬称略)

私は青山学院大学文学部の教育学科出身で、当時は小学校の教員を目指して認知心理学や教育心理学の研究をしていました。

もともと文系なのですが、現在所属している東京工業大学が、以前から文理融合の研究科を大学院に設置しており、恩師の勧めで進学することになったんです。大学院でも、同じく教育関係の研究に携わり、例えば算数の文章題を解くときに、子どもがどのような考え方をするのか、類推と思考のメカニズムなどに関する実験心理学をテーマにしていました。
現在もそうした研究を続けつつ、教職課程の学生に授業をしたり、プログラミング教育の研究をしたりしています。

川上

プログラミング教育に携わるきっかけは何かあったのでしょうか。

栗山

娘が小学生のときに、通っていた大田区の公立小学校で保護者などによる体験講座があり、そこでプログラミング講座を開いたのが最初のきっかけです。もう10年ほど前ですね。その後、大学と区が教育に関して提携していた関係もあり、その学校の校長先生からお声掛けをいただいて、保護者としてではなく正式に大学の研究者として、小学校でプログラミングを教えるようになりました。

現在は世田谷区や目黒区などの出前授業に呼んでいただいたり、東工大が開催する子どもを対象にしたプログラミングのワークショップに参加したりしています。

川上

学校の出前講座やワークショップでは、どのような内容になっているのでしょうか。

栗山

私の場合は、今多くの学校が教材で使っている、「Scratch」というブロック型のビジュアルプログラミングツールをよく使っています。当時はまだ今ほど日本で知られていなかったのですが、知り合いの教員が大学生向けにScratchを使ってプログラミングを教えていて、文系でも理解しやすい子ども向けの教材だと教えてくれたんです。あわせて、そうしたプログラミングツールで作った命令に沿って、実際に動くロボットなどを使うこともあります。

授業やワークショップでは、最初にプログラミングの基本的な考え、いわゆる指定した順番に沿って処理をしていく順序処理や、何度も同じことを処理させるループ処理などについて説明して手を動かしてもらいます。高学年になってくると、何かものに当たったら変数が入る、当たらなければ入らないといった条件分岐などにもチャレンジしますね。これらの基礎を理解すれば、子どもでも簡単な的あてゲームぐらいは作れるようになるんです。

プログラミング
画像:Scratchの画面(Scratch公式サイトのチュートリアルより引用)

ある程度基礎を身に付けたら、最後は何かお題を与えた上で自由にどうぞという形で、子どもが好きに作る時間です。例えば、「的あてゲームをもっと面白いゲームにしてみよう」と言うと、的をたくさん増やすとか、的の大きさを変えるとか、子どもたちがそれぞれ自由に工夫しだすんです。誰かが変わった仕組みを作ったら、みんなに声をかけて「面白いゲームになっているから、どんなプログラムにしたのか聞いてみよう」という風に、子ども自身がみんなに教える役になることもあります。

川上

ワークショップなどでプログラミングを教える中で、先生が印象に残っているお子さんの様子などはありますか?

栗山

私も実際にやってみて驚いたのですが、学校でいわゆる優等生の子の方がプログラミングをやっていると手が止まってしまうケースが時々ありますね。もちろん全員ではないのですが、「正解を必ず出さないといけない」と意識しすぎてしまう場合があるんです。間違ったらいけない、1回で正しいやり方をしないといけないと思いすぎてしまうようです。

「PISA」というOECDによる国際的な学習調査があるのですが、日本の子どもは優秀な一方で、わからない場合、空白にする傾向があると聞いたことがあります。海外の子どもはわからなくてもとりあえず書くらしいのですが、日本の子はわからないときは何も書かずに出すんですね。間違えることがよくないことという意識がもしかしたら強いのかもしれません。
逆に、普段はあまり積極的ではないお子さんが、みんなが驚くぐらい熱心に取り組み、面白いものを作り上げることもあります。間違えることを気にせずどんどん好きにすすめて、何度もめげずにやり直すんですね。私は子どもたちの普段の様子を知らないので、何も気にせず良くできている子を見つけると「みんな、これすごく面白いから見においで」と声をかけるのですが、後から先生に「普段授業にあまりに集中しない子が活躍していて、本人も周囲もびっくりしていました」と教えていただくこともありますね。

先生がプログラミングに精通する必要はない、「一緒に学ぼう」と楽な気持ちで

川上

プログラミングが小学校でも必修化することになり、指導に課題を抱えている先生もいらっしゃると思います。教える上で必要なことやアドバイスはありますか?

栗山

そうですね、苦手意識があり苦労しているという先生方の声は良く聞きます。プログラミングが得意な方は別ですが、そんな先生ばかりではありません。私の考えでは、プログラミングを先生が完璧にマスターしている必要は全くないと思っています。

もちろん、最初に説明するために基本を抑える必要はありますが、ある程度のところまで理解していれば、あとは子どもたちが勝手にいろいろと試しながらすすんでくれるんです。今は大人顔負けでプログラミングできるお子さんもいるので、得意なお子さんがいたらその子に先生役になってもらうのも楽しいですね。

私自身、お伝えしたように文系出身で、プログラミングにそれほど詳しいわけではありません。自身の研究に必要なときはなんとかいろいろと見て苦労しながら書くことはありますが、プログラマーのように知識を持っているわけではないんです。それでも、わからないことがあったら詳しい学生さんに聞いてみようくらいの、リラックスした気持ちで自分も楽しんでいます。

川上

保護者の場合も同じく、気負わないことが大切かもしれないですね。

栗山

そうですね。プログラミングに詳しい親御さんの場合は、最初はあまり口を出さずに自由にやらせてあげてほしいと思います。逆にプログラミングはやったことがない、全くわからないという保護者の方はは、子どもと一緒に勉強しても楽しそうですね。

私はよく、プログラミングに興味を持ってもらうために、身近なものを例に出して説明しています。例えば小さいお子さんだったら「ジュースを飲むときに冷蔵庫を開けっぱなしにしたらどうなる?」と聞くんです。「ピーピー鳴るよ!」と答えてくれたら、そこから話を始めます。

今は世の中のありとあらゆるものがプログラムによって動いているので、エアコンが温度を調節するのも、スマートフォンにロックがかかるのも、全て魔法で動いているわけではなく、人間がそうなるようにプログラムを作ってその通りに動いているってことを何となく知ってもらえたら、うれしいですね。

もちろん小学生が学ぶ範囲ではそこまでのことはできませんが、今やっているプログラミングがその第一歩です。積み重ねていったずっとその先に、そうした世の中で役に立つものができると知ったら、プログラミングに興味を持ってもらえるかもしれません。

間違いを見つけて何度も修正、ゴールに向け試行錯誤…
プログラミングで得られるものとは

川上

出前授業やワークショップを実践するにあたって、先生が心がけていること、大切にしている考え方などはありますか?

栗山

プログラミングを通じて、他の教科にもプラスになるような学習のやり方、思考方法を何か少しでも身に付けてもらい、持ち帰ってくれるとうれしいなと思っています。

子ども向けのプログラミング教材は、適当に並べても何かしら動いて、触っていれば何となく楽しむことができます。楽しかったね、だけで終わっても良いのですが、せっかくプログラミングに挑戦するのだから、できれば、何か目的を持ってプログラミングして実行する、ダメだった時に間違えた場所を見つける、修正してもう一度実行してみる、そんなふうにたくさん試行錯誤してもらいたいんです。

そのとっかかりとして、このコースに沿ってロボットを動かそうとか、ランプが連続で光るようにしようとか、その時間のミッションを出して、子どもたちに取り組んでもらうようにしています。失敗の原因を自分で考えて何度もやり直し、できたときの達成感を味わう…その経験は、他の教科や、大人になってからの仕事でもきっと役に立つはずです。

川上

プログラミングそのものの知識にとどまらず、学び方全般に役立つ考え方を身に付けてもらえるよう、意識しているんですね。

栗山

そうですね。ワークショップなどでも、例えば最終的な目標を一気に目指すのではなく、小さなゴールに切り分けて考えて1個ずつ達成していく方法など、目標達成のためのちょっとしたコツを自然と楽しく学んでもらえるように工夫をしています。

そして、その時間の最後には、ミッション達成のためにやったことは、算数や国語など他の勉強でも生かせること、何か失敗してうまくいかないときは、今日のことを思い出して粘り強く何度もチャレンジしてほしいということを、必ず話すようにしています。

書いたプログラムは見直すことができますし、思考の過程を可視化して追えるという点で、どこで失敗したのかを確認して再度やり直す、というやり方を身に付けるのに、プログラミングはとても適していると思います。普段の学習だと間違ったら終わりになってしまう子どもたちも、ミッション達成に向けて何度もやり直すことをゲーム感覚で楽しんでくれるので、何回でもチャレンジしてくれますね。

川上

学校での学習でも、今後はそうした要素が求められるようになってくるでしょうか。

栗山

そうですね。すでに、学習に対する価値観が変わりつつあると思います。例えば自分で課題を立て問題意識を持って自ら解決する探求学習や、STEAM教育(Science、Technology、 Engineering、Art、 Mathematicsの頭文字をとった教育概念。各教科の学習を横断的に活用し、実社会での問題発見・解決に生かしていくための学習)など、新しい教育が次々と取り入れられています。実際に社会に出たら、そうした課題解決の毎日ですよね。

インターネットが普及した現代では、知識は外にあるので、それをどう使うかという観点での人材育成が大事になってきます。もちろん基礎的なことは覚える必要がありますが、今の入試に出てくるような細かいところまで暗記する必要はありません。今までのように、たくさんのことを暗記できる方が点数が高い、成績が良いという評価ではなく、外にある知識をうまく使いながら、いかに自分で課題解決に取り組んだり新しいものを生み出したりできるか、そうした方向に教育も変わっていくように思います。

プログラミングは新しい教育の価値観を身に付ける一つの良い手段ではありますが、別にプログラミングだけが特別なわけではなく、他の教科や教育でも先生や保護者のみなさんが指導で実践なさっていることと同じ要素がたくさんあります。是非気負わずに、楽しむぐらいの気持ちでプログラミング教育を始めていただければと思います。

川上

今後、先生が深掘りしたい研究テーマがありましたら、教えてください。

栗山

やはり子どもたちの思考力の育成に一番興味があるので、適した教材や教育方法など、より深堀りして研究していきたいと思っています。それから、プログラミング教育についても、今は先生方がかなりご苦労されていると聞いていますので、私のできる範囲でお手伝いできることがあれば続けていきたいですね。

川上

ありがとうございます。最後に、ご自身にとってインターネットとは一言で言うと、どんな存在でしょうか。

栗山

一言で、というのは難しいですね。私にとってインターネットとは情報基盤であり、いろいろな知識が置いてある場所です。ただし、書籍などと違って、動的な、絶えずものすごいスピードで変化しているイメージです。

子どもたちがインターネットを活用して自身の課題解決に生かしていけるよう、私も専門の分野で取り組みを続けていきたいと思います。

インタビュー年月日

2023.09.04

Interview
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